厚生労働省の44年ぶりの大麻小冊子「大麻問題の現状」が発効

「大麻問題の現状」は、2016年から4年間継続された厚生労働行政推進調査補助金(医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス政策研究事業)「危険ドラッグ等の濫用防止のより効果的な普及啓発に関する研究」の研究成果を基に執筆され、厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課の監修下に本年3月に出版されました。

本書籍は、1976年に依存性薬物情報研究班および厚生省薬務局麻薬課が当時の大麻に関する情報を冊子「大麻」として発刊以来の新書です。

「大麻問題の現状」
企画・編集
厚生労働行政推進調査補助金(医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス政策研究事業)
「危険ドラッグ等の濫用防止のより効果的な普及啓発に関する研究」研究班
真興交易(株)医書出版部 全127頁
http://www.dapc.or.jp/torikumi/20200415.pdf

大麻問題の現状
目次
発行に際して・・・厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課・・・3

Ⅰ大麻とは・・・花尻(木倉)瑠理,緒方潤,田中理恵・・・7

1 植物学からみた大麻
2 大麻の成分について
3 国際条約での規制
4 大麻に関する国内の法律

Ⅱ 大麻・フィトカンナピノイドの有害性と医薬品としての応用:
基礎と臨床・・・・山本経之, 山口拓,福森良・・・18

1.はじめに
2 大麻/THCの作用
3 カンナピジオール(CBD)の作用
4 大麻の依存性とその特性
5. フィトカンナピノイドの医薬品としての有用性
6 おわりに

Ⅲ 大麻による有害作用:臨床的特徴・・・舩田正彦,松本俊彦・・・33

1.はじめに
2 検索方法
3 大麻成分とその急性作用
4 大麻の慢性使用による影響
5 大麻使用と精神病の関連
6 心臓血管系と自律神経系への影響
7 呼吸器の影響
8 大麻使用と他の薬物乱用
9 青少年の大麻使用
10 おわりに

Ⅳ 大麻草由来成分やその類似成分を用いた医薬品・・・鈴木勉・・・51

1 はじめに
2 ナピキシモルズ(ザティペックス)の臨床
3 ドロナピノール(マリノール)の臨床
4 ナピロン(セサメット)の臨床
5 おわりに

Ⅴ 大麻と危険ドラッグ・・・舩田正彦・・・58

1 はじめに
2 危険ドラックとは
3 危険ドラックの種類とその健康被害
4 危険ドラックの包括指定
5 危険ドラックと大麻
6 おわりに

Ⅵ 世界の大麻事情

1 米国・・・富山健一, 舩田正彦・・・70
 1 はじめに
 2 米国の州における大麻使用の規制
 3 大麻に関する規制と違反時の罰則
 4 コロラド州に見る大麻合法化の社会的状況
 5 まとめ
2 力ナダ・・・鈴木勉・・・77
 1 はじめに
 2 カナタの「改正大麻法」
 3 今後の課題
 4 おわりに
3 欧州・・・花尻(木倉)瑠璃, 緒方潤・・・80
 1 はじめに
 2 産業用途の大麻について
 3 嗜好用途の大麻について
 4 まとめ

Ⅶ 大麻草およびその成分の医療での活用

1 米国・・・舩田正彦. 富山健一・・・88
 1 はじめに
 2 医療用大麻(medical marijuana)
 3 まとめ
2 力ナダ・・・ 鈴木勉・・・95
 1 はじめに
 2 カナダの医療用大麻
 3 おわりに
3 欧州・・・花尻(木倉)瑠理・・・98
 1 はじめに
 2 欧州における医療向けの大麻関連製品
 3 まとめ

Ⅷ 大麻問題に関する施策と教育啓発の現状・・・鈴木順子・・・105

1はじめに
2 本邦における大麻問題の現状
3政府の薬物乱用防止5力年戦略
4 国および地方自治体の薬物乱用防止に係る啓発・教育施策
5 代表的な関係団体の取り組み

あとがき・・・井村伸正・・・121
索引・・・123

あとがき

わが国における大麻の生涯経験率1%程度であり、いわゆる先進国の中で最も低い。しかし、最近の大麻事犯摘発件数は覚醒剤のそれに次いで多く、特に若年層の検挙数が著しく増加しており、危機的状況と考えざるを得ない。

一方、目を国外に転じると,一昨年秋に医療用大麻のみならす嗜好用の大麻についても規制を緩和する法制度の施行に踏み切った力ナダはじめ、米国やオランダ、英国、ドイツ等のヨーロッパ各国においても規制緩和が進行しているように見受けられる。この流れの速さからすると、遠からずわが国の大麻事情に影響が及す可能性も考えねばならないであろう。

1976年に厚生省薬務局麻薬課が当時の大麻に関する情報を冊子「大麻」にまとめて発行しているが,約半世紀が経過した現在の世界の大麻の状況を調査研究する企画が立てられ、2016年4月から4年間の研究成果を中心にまとめたのが本冊子である。

本冊子では,大麻(大麻草)の植物学的分類、成分の分析法の進歩、分子生物学的手法の導入による大麻草の形質変換の試み等、最新の生物工学的研究の成果、大麻の規制に関する国内外の基本的な法律の解説、次いで大麻・カンナピノイドの毒性と有益性についての基礎と臨床的特徴、若年層の大麻使用に関する直近の文献調査結果の紹介,大麻草からの抽出成分や化学的合成品からなる医薬品の解説の後、米国、カナダ、ヨーロッパにおける医療用大麻および晴好用大麻の規制緩和状況の詳細が示される。そして、最後はわが国の大麻問題!こ関する施策と教育啓発の現状について、日本政府の「薬物乱用防止5力年戦略」に沿って、国(文科省,厚労省)および地方自治体が行っている施策と関係諸国体の取り組みを列挙し、より有効な薬物乱用防のための普及啓発手段開発の現状を評価している。

一方、国内の大麻事情としては、最近,芸能人,スポツ選手等の知名人による大麻所持,密輸等の法令違反が報道されたり、重大殺傷事件の裁判員裁判において,弁護人が、被告は大麻の乱用で精神障害を発症していたとして無罪を主張するなどの事例があり、大麻への関心が高まっている。

また、国の主導で行われてきた薬物乱用防止のキャッチフレーズ. 「ダメ。ゼッタイ。」に対する批判も聞こえていて、大麻使用の規制緩和を求める意見も散見されるようになった。このような事態に適切に対応するためには,大麻(大麻草)やその薬理活性を示す成分について正しいエピデンスに基づいた科学的知見を把握し、かつ、国外で進む規制緩和がいかなる経緯によるものなのか、科学的調査研究のみならず、社会・経済学的な解析が必要不可欠であろう。

この冊子の骨子となった直近4年間の調査研究事業の成果は,今後のわが国の薬物乱用防止政策策定に資するところはあろうが,変化の激しい国内外の薬物乱用の動向を引き続き精査していかなければなるまい。

解説:厚生労働省の補助金事業による研究調査で、危険ドラッグの枠組みで、産業用、医療用、嗜好用の3分野を含んだ大麻というテーマに焦点をあてて18年に261頁、19年に201頁、20年に145頁の報告書を発行した。さらに、この研究成果を一般市民向けにやや平易に書いた全127頁の小冊子にまとめたことは、公的研究として非常に価値のあるものである。特に小冊子は、1976年以来の44年ぶりの仕事を成し遂げた快挙といえよう。

一方で、1年目、2年目の報告書で指摘されていた国際条約の規制や、米国のスケジュールⅠという位置づけが、合法化した国や地域であっても、基礎研究や臨床試験がほとんどできない状況が長年続いてたため、エビデンスが不十分である。それにも関わらず、人道的使用(コンパッショネートユース)の観点から、住民運動が発生し、住民投票という民主主義の仕組みをつくって合法化しているという視点が抜けている。

また、国連および各国の薬物政策が、懲罰的アプローチ(司法)から健康アプローチ(公衆衛生)へとシフトしている視点や非犯罪化政策と合法化政策の違いについて触れられていない。

大麻問題の現状の小冊子のあとがき「エピデンスに基づいた科学的知見を把握し、かつ、国外で進む規制緩和がいかなる経緯によるものなのか、科学的調査研究のみならず、社会・経済学的な解析が必要不可欠であろう。」の部分で自ら指摘しているように、3年間の時間と予算を費やしたにも関わらず、十分な解析が成されたとはとても言い難いだろう。

不十分な視点の解決方法として、法学者、犯罪学者、社会学者、心理学者、代替医療学者、民族植物学者、医療政策学者、バイオ経済学者、科学コミュニケーターなどの学問領域を含む多様な専門家が参画した学際的アプローチが有効となるだろう。